なぜ放課後デイを始めたのか?

親として納得のいく場所をつくりたかった

 

福祉にセンスを!

「なんか福祉っていうと地味で冴えない印象があるんだよね」と思ったことはありませんか? 私自身がこれまでの過去のキャリアから大きく舵を切り、福祉業界に入ってきたのもまさしくこれが理由です。

 アメリカで9年間の療育生活を受けて、日本に戻ってきた時に衝撃を受けました。自閉症の受け皿が限られていたことと、見学しにいった施設などがダサかったからです。自分がこんなところに長居したくないのに、自分の子供がこんなところに通いたいだろうとは到底思えませんでした。

 白い壁に薄汚れたゴムマットに折りたたみのテーブルがあるだけ。生徒たちがごろごろとしていて、横にはセンスのないガラクタのような工作が飾ってある。これは私にとってある意味大きな衝撃でした。

 しかも療育という名の下に時間割できっちり管理され、興味のなさそうな反復作業を強いられる。それもセンスのない地味な介護のおばちゃんっぽいスタッフが。どうみてもつまらなそう。

 さらにほとんどの放課後デイが小学校低学年の療育をターゲットにしており、中学生のがっちゃんは断られるしまつ。そんなわけで、親として納得できる居場所をがっちゃんのために創りたいと思ったのがきっかけ。

 そして福祉出身ではないからこそ、フラットな目線と新しい視点で福祉を見直そうと思ったわけです。だからアイムのテーマは「福祉にセンスを」です。特に今子供達の福祉に一番欠けているのがセンスです。しかしセンスは感化されます。だから子供達の育つ環境にセンスを持たせるのはとても重要です。

 

たくましい感性を!

 アイムでは「たくましい感性」を育てることが大切だと思っています。だからアイムでは荷物置き場に子供の名前を書いたラベルを貼りません。ラベルがないぐらいでパニックを起こすようでは成立しないからです。

 なぜなら子供達が学校を出た時に、社会の中に彼らのためにラベルなんて貼ってありません。だからアイムでは荷物置き場にラベルを貼るとかいったようなことはしないで、ある程度の無秩序に慣れてもらいます。

 さらに自閉症は変化が苦手だからといって、全てを構造化してしまうのにも無理があると思っています。なぜなら社会に出たら時間割といったものはありません。外の世界は常に変化の連続の中にあります。

 大人が子供を管理したり、過剰介入すると、子供は自立できません。自閉症といえど、歩い程度不規則なことや突発的なことにも対応できる「たくましさ」が必要です。自閉症の子供がいくら家での一人活動が好きだとしても、外に押し出します。外の刺激、色々な大人や仲間と関わりを持つことこそが小さな訓練の積み重ねになります。

 自閉症を療育で普通の子にすることはできません。なぜなら自閉症は生まれ持った特性だからです。だから子供に普通になるように強要するのではなく、環境を子供にちかづければいいのです。アイムのゴールはそこにあります。

 とはいっても、社会全体を変えることは不可能なのも事実です。だからこそそのギャップを埋めるために、当人自身がたくましく生きる必要があります。小さい時に苦手なことを反復させて自尊心を奪うのではなく、強いところを伸ばして自信をつけさせる。これが子供にとって一番有用な療育になります。

 

入口ではなく出口の議論を!

 発達障害の療育の方法論は、実は専門家の間でも議論が常に交わされています。自閉症に有効な方法論は実は答えがでていません。そしてそれぞれのメソッドを持っている人たちが、お互いのアプローチにたいして賛否両論を述べています。
 親としていえるのは、明確な答えがでていない以上、自分たちで答えをつくりあげていくしかないということです。それは療育の方法論の答えではなく、自分の子供の人生に対する答えです。

 多くの専門家や先生たちは自閉症の子供をもっているわけではありません。つまり当事者ではありません。親としては、療育メドッソの学術的な議論よりも、現実論に興味を持っています。つまり結局のところ何が自分の子供の未来に寄与するのかです。

 専門家は自分が担当する間の数年間を心配すればいいですが、親は子供の一生を心配しなければなりません。

一般的な療育は担当者が生徒を受け持つ1、2年を軸に構築されています。しかし親は自分の子供が大人になるまでの一生スパンを見ています。だから親として一番気になるのは入口の療育の議論ではなく、出口の議論です。

 そもそも発達障害をもっている子供達は、義務教育である中学校を卒業したら、どんな進路の選択肢があるのか。さらに高等学校を出たあとにどんな環境でどんな仕事に就くのか? 実は子供の時の療育よりも、その後の話の方が実はもっと長いのです。

 

まずは隣の自閉症から取り組む

 当事者である私は自分の息子を基準にアイムの事業計画をたてています。よって常にがっちゃんの人生に寄与するかしないかの基準でアイムの経営判断を行なっています。

 だからアイムは、フランチャイズなど型押しされたような放課後デイを大量生産をすることにも興味ありません。放課後デイを100件持ったところでがっちゃんの人生に全く寄与しないからです。アイムが上場を目指さないのも同じ理由からです。

 その代わりアイムの事業はがっちゃんの成長に合わせて垂直に拡大していく計画です。がっちゃんが高校生になれば高校を自前でつくる。就労支援が必要になる時には就労支援をつくる。将来グループホームが必要になるようであれば、グループホームも運営する。とてもシンプルな考え方です。

 そして息子のニーズを満たすことが、結果的に同じような境遇にある家族のニーズを満たすことになります。だから私は常に経営者としての目線で、そして同時に親としての当事者目線でアイムの事業活動を考えています。

 発達障害の子育てには個人個人に合った「丁寧な子育て」が求められます。アイムは一人一人の子供達と丁寧に向き合えるように、それに見合った規模で事業を推進していきます。もともと福祉に興味があったわけではなく、たんに自分の息子の問題を解決するために始めた事業です。

 だから私は日本全部の自閉症をどうのこうのしようとは考えていません。見たことのない人まで関心は持っていません。そんな大きなすぎる課題をつくったところで、取り組みようがないからです。アイムがなんらかの協会やボランティア団体に属していないのはこのためです。

 私は自分ができる範囲で、できるところから自閉症の課題に取り組んでいきます。世界平和を唱える前に隣の人とケンカしない、という理屈です。ですからアイムの事業テーマは「全世界の自閉症よりも、となりの自閉症を」です。