自閉症がっちゃんの話 その1

 

がっちゃんは自閉症!

我が家の長男である楽音(がくと)のニックネームはがっちゃん。がっちゃんは2001年に横浜で生まれました。とても元気で活発な男のこでした。好奇心旺盛でいろいろな遊びに熱心でした。

1歳8ヶ月の時、がっちゃんのおじいちゃんが「名前呼んでも振り向かないけど耳聞こえているのかな?」と不思議そうに言いました。またハイハイをすることもなく生後6ヶ月でいきなり立ち上がりました。やがてオモチャをまっすぐの列に並べて遊ぶようになりました。積み木も縦に積み上げて、それが崩れると火がついたように癇癪を起こしました。今思えば全て自閉症のサインでした。

た。

三歳の健康診断で!

三才の時の健康診断で「自閉症の傾向あり」と診断されました。その時は妻と二人で「自閉症って何?」から始まりました。ネットで調べてみるとなにやら説明が沢山あるのですがどれもピンときません。ただ、原因不明だけど増えている現象だということらしい。そして良く分からないけれど、ロスアンジェルスが進んでいるらしいということだけわかりました。

私自身は、たまたま子供の時から海外生活が長かったのでアメリカでの生活には慣れていました。実家がハワイだったのでハワイも考えましたが、当時のハワイには適切な施設とプログラムがありませんでした。それですぐにロスアンジェルスに引っ越す方法を模索しはじめました。

 

ロスアンジェルスに引っ越す!

幸いなことにすぐに仕事が見つかり、ロスアンジェルスのウエストウッドというところに引っ越すことができました。とはいっても最初は自閉症に対するどういう支援があるのかも全く分からない状態でした。

いろいろと聞きまわっているうちに、学校での診断と、リージョナル・センター(区役所)での診断の二つのことがあることを知りました。すぐにアポをとり息子のアセスメント(診断)が始まりました。これががっちゃんのアメリカでの自閉症プログラムの始まりでした。

まだ4才だったのすが、関係者からはプログラムを始めるのはギリギリの年齢だといわれました。小学生に入ってからだと遅すぎて効果が見込みにくいので、取得できる援助の時間がかなり減らされるだろうと。タイミングがよかったのと、とても素晴らしい関係者の方々に恵まれました。

 

まずはスピーチセラピーを受ける!

がっちゃんは5歳近くになってもほぼ言葉が出ない状態でした。「あー」とか「うー」だけでした。それでロスに引っ越してすぐにスピーチセラピーの先生を探しました。がっちゃんにとって有効だったのは、口を使って発声の仕方を覚える練習です。いくつか言葉がではじめてからは語彙が増えていきました。ちょうど学校へ行き始めた時期であるのと関係するかもしれません。しかし三ヶ月ほどするとセラピーに飽きてしまい指示を守らなくなりました。飽きるのが早いのも自閉症の特徴です。

 

IEP診断を受ける!

アメリカでは自閉症のためのプログラムが体系化されており制度化しています。まず最初に学校でIEP会議が行なわれます。学校の管理者(うちの場合は教頭先生)、支援学級の先生、臨床心理士、行動分析士(BCBA-ABA療法の専門家)、言語療法士が親子と共に面談をします。

アセスメントの結果、息子のIEP(Individualized Education Programu 個別学習指導)レポートがでてきます。このレポートには生徒の自閉症の傾向と度合いが、行動、コミュニケーションなどの方面にわたって詳細に記されています。そしてこのIEPレポートをもとに子供への支援内容が決定されます。

このIEPレポートはどこの州に引っ越しても有効です。引っ越した先でもそのレポート内容は引き継がれます。委員会側にはIEPの内容を生徒の親に理解させる義務があります。それで、英語が話せない父兄のためには母国語に資料を訳してくれる担当がつきます。また希望すれば会議の時に通訳者をつけてくれます。

 

IEPは義務であり権利でもある!

実はこのIEPはただのレポートでなく、その生徒がどれくらいの援助を受けられるかのメニューが記載されています。がっちゃんの場合だと、学校にシャドウ(shadowと)呼ばれるエージェントが毎日派遣されること、言語療法を週に6時間受けられることなどが書いてあります。

また同様のアセスメントを区役所でも受けるのですが、こちらでは放課後のプログラムのメニューを決定します。おかげで息子のために週に4日セラピストが家に派遣されました。また週に一日はデイサービス放課後のようなStep By Stepに通う権利が与えられました。

IEPレポートによって組まれているサービス内容は全て子供の「権利」となっています。従ってIEPレポートに記載されている判定結果、受けられるサービスの内容に納得がいかなければ親はサインを拒否できます。どうしてもIEP委員会との折り合いが付かない場合は、親が教育委員会を相手に裁判を起こすこともあります。しかしそれもドライに行なわれて、ケリがつけば学校と家族の間にしこりが残ることはありません。ここらへんはとてもアメリカ的な一面です。

 

シャドウが派遣されてくる!

がっちゃんは幼稚園に通い始めましたが、IEPレポートによりシャドウがつくことになりました。シャドウとは「影」という意味で子供に一対一でつくセラピストのことです。これは学校の担当の先生とは別です。ですから支援学級のクラスにいくと先生+生徒+各生徒のシャドウがいるため、子供より大人の方が多くなります。

まず最初にIEP委員会からシャドウを派遣するエージェントのリストが渡されます。そこから選んでいくのですが、うちは偶然Intercare Therapyというところにお願いされました。実はこのシャドウの質はエージェント会社の色によって変ります。なかにはただのバイトの素人を派遣してくるところもあります。我が家が依頼したIntercare Therapyは毎回優秀なセラピストを派遣してくれました。

 

ロスの放課後デイに通っていました!

学校と家へのシャドウの派遣とは別に、Regional Centerから放課後デイのようなものに週に1日通ってもよいといわれました。それがStep By Stepでした。結局がっちゃんは5歳から14歳までずっと通い続けた思い出の場所となりました。

 

セラピスト育成のための土俵がある!

がっちゃんを担当してくれたシャドウの中には、UCLAの心理学を専攻している学生もいました。彼らは単位をとるために実習を行なう必要があり、その一貫としてシャドウの仕事をやっていました。心理学を専攻しているだけモチベーションも高く、このような制度は素晴らしいと思いました。また中にはベテランの優秀なセラピストもおり、息子のステージに合わせて違ったセラピストが派遣されてきました。

学校でがっちゃんにつくシャドウと家に派遣されてくるシャドウは、同じセラピストである場合と違う場合もありました。息子の性格はかなりヤンチャで先生を試すところがありました。初対面で意図的にセラピストの前でイタズラをしてどう出るかをみていました。それで時によっては派遣会社にソフトではなく強いセラピストをお願いすることもありました。毎月セラピストのスーパーバイザーが我が家を訪れて、セラピストとがっちゃんの相性をみてくれました。

あとで療育体験を振り返ると、セラピーの内容云々よりも、がっちゃんが明るくて楽しいセラピストと時間をたくさん過ごせたこと自体がよかったのではないかと思います。多分それは自閉症であろうがなかろうが、どの子供にもいえることだと思います。

 

がっちゃんの話のつづき